叔父の葬儀に出られた日
週末、叔父のお通夜とお葬式に参列してきました。
私が通夜や葬儀に出たのは、25年ほど前、母方の祖父のときが最後。
その後、化学物質過敏症を発症して16年。
父方の祖父母の法事や、
母方の祖母のお葬式もあったけれど、
参加することはできませんでした。
だから今回、久しぶりに参列できたことは、
体調がそれだけ持ち上がってきた証のように思えました。
試行錯誤の喪服選び
2016年、祖母が亡くなったとき、葬儀に参列できなかった私。
それを機に、喪服や黒い靴をすべて処分してしまいました。
新たに購入を考えたけれど、
喪服は、ほとんどがポリエステル素材。
綿素材のものは見つからない。
今回も無理だろうと思っていたけれど、
幸い冬だったので、オーガニックコットンの黒いタートルネックを着て、
その上から、母の昔の黒いジャケットを借りました。
直接肌につけなければ大丈夫なので、
タートルの上からパールのネックレスをつけ、
できるだけ礼服らしく見えるようにしました。
悩んだのはボトムス。
綿素材のスウェットで、タック入りのワイドパンツを
ユニクロのサイトで見つけ、
「これならそれっぽく見えるかもしれない」と思い店舗へ。
けれど、やはりスウェット感が拭えず、
どんなに形がパンツらしくても、礼服の代わりにはならなかった…。
他に何かないかと探し、最終的には、
ポリエステルとレーヨンのパンツを購入しました。
オーガニックコットンのレギンスを履いて、
肌に直接触れないようにすれば
短時間なら耐えられるかもしれないと考えたからです。
家にパンツを持ち帰ると、様々なにおいを落とすために洗濯。
一度では足りず、もう一度洗って、
ようやく履けそうなレベルになりました。
化学繊維から揮発される化学物質は、
顔から遠いボトムスの方が呼吸への影響も少ない。
でも、運転中はパンツと顔の距離が近くなるので、
普段使っているカシミアのマフラーで顔を覆って対策。
黒いブーツの紐の部分もパンツで隠れる。
礼服用の靴ではないけれど、身内だけの葬儀だし、
完璧じゃなくてもいい、そう思うことにしました。
行ける。
これなら、なんとか行ける。
会場での対策と予期せぬ「におい」
会場は、一日一家族だけが使える小さめの葬儀場でした。
多くの人が出入りすることもなく、
ここなら、いられそうだと感じました。
今回の叔父の葬儀は、近親者だけで行う家族葬のような形。
叔父は仕事も引退し、体調面から施設に入っていたこともあり、
参列者は多くなく、人の出入りも少なかったです。
参列する親類縁者は私の事情を知っていて、
「無理だったら、ここにいなくていいからね」
そう声をかけてもらいながら、会場に入りました。

会場に入るとき、ワッカのマスクをフル装備。
ポケット付きのマスクにフィルターを入れ、
さらに重ね付け用のマスク。
ガーゼ生地は10枚分になります。

ガーゼフィルターも入れた。

これでかなり防げるのだけど…
ここまでつけていれば大丈夫そうだ、と
座ってお通夜が始まるのを待っていました。
けれど、空気が一変したのは、お焼香が始まったときでした。
普通のにおいではない。
香料でもなく、これは何かの化学物質。
お経が始まる際、係の人が蝋燭に火を灯しました。
ここからも、何かがにおってくる。
普通の和蝋燭は、こんなにおいがしない。
これはまずいぞ、と思いながら、
マスクと顔のわずかな隙間から入ってこないよう
数珠を持ちながら、手で鼻の周りを押さえました。
隣にいた夫も、においの変化に気づき、
「大丈夫?いられる?」と聞きながら、
「俺も辛い」と鼻をぐすぐすさせていました。
鼻炎持ちの夫は、空気によって鼻がズルズルになります。
あとで母も「目が痛かった」と言っていました。
私も大きい方のマスクを、ほぼ目のところまで上げて防ぎました。
お焼香と蝋燭が一旦消えると、
それまでの強いにおいは、なくなりました。
見ると、お焼香は、ほとんど煙が出ていません。
昔の記憶では、葬儀の場ではもっと
もくもくと煙が出ていた気がします。
ああ、煙が出ないよう
材料に何か加工がされているのだな、と思いました。
葬儀に参列して気づいたこと
翌日の葬儀では、出棺後、火葬場へ移動。
市の火葬場は、数年前、
友人のお父さんが亡くなったときに来たことがあります。
そのときは中に入れず、夫だけが入り、
私は駐車場で友人に挨拶しました。
今回は、その斎場にも入ることができました。
最後のお別れとして、そこでもお焼香をしたのですが
前日の会場より、断然楽でした。
煙がもくもくと立ちのぼり、
「ああ、昔のお焼香はこれだったな」と思いました。
きっと、余計な加工はされていないのでしょう。
だから、あの化学的な反応が少なかったのだと思います。
最近では煙を嫌がる声があり、
煙の出ない蝋燭やお焼香が開発されてきたのでしょう。
けれど、化学的な加工がされているため、
それらを焚くと、
夫は鼻がズルズルになり、
母は「目が痛い」と言うことに。
私の家族は普段から、
化学物質が極力少ない環境で生活しています。
だから、化学物質過敏症でなくても、
その差を感じやすいのだと思います。
帰宅すると、着ていた服や髪に、
しっかりと化学的なにおいが残っていました。
軽い化学物質過敏症と診断されている長男は、
「部屋に礼服を置けない」と言い、
家族全員分の服を廊下の端に隔離するなど対処しました。
反応するのは「香り」だけなのか
幸い、参列した親類縁者の洗剤や防虫剤などへの反応は少なく、
それはとても助かりました。
昔、叔父と一緒に働いていた頃のこと。
私が柔軟剤の香りに反応すると知った叔母が、
洗剤を変えてくれたことがありました。
「これなら大丈夫かも」と使ったジェルボール。
私はそれにも反応しました。
まだジェルボールが出始めの頃で、
手軽さは謳われていたけれど、
香りについては前面に出ていませんでした。
そのとき私は、
化学物質過敏症にとって香りは一つの目安ではあるけれど、
反応しているのは香りだけではないのだと思う、
ジェルボールに含まれる化学的なものに反応しているのだと思う、
と叔母に話した覚えがあります。
そうした経緯を、多少なりとも知ってくれているので、
今回、私が葬儀に参列できたことを、
家族も親戚も、皆とても驚いていました。
母は、
「ここまで参加できたなんて、本当に良くなったのね」
と感慨深げでした。
久しぶりに、親戚に会うこともできた。
通夜から葬儀まで、その場にいることができた。
それは、私にとって、とても大きな出来事で
自分でも過敏症が良くなっていることを実感できた日でした。
▼過去のブログ記事。一緒に働く叔父(K)との会話でした。
『大丈夫、きっとよくなる。化学物質過敏症の私がつくった製品wacca(ワッカ )』

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