3月11日のあの日

2009年の秋に化学物質過敏症を発症しましたが、すぐに診断がついたわけではなく、答えを求めて病院を回る日々でした。体調もよくなったり悪くなったりで、その原因もわからないままでした。

2010年の暮れから私の体調は一層悪くなりました。ベッドから出られない日が4ヶ月ほど続き、 生きるのも辛くメンタルもどん底だった2011年3月11日、家が揺れました。 地震だと気づいてテレビをつけて見た凄まじい光景。それを目の当たりにした時、不思議なことに「生きなくては」と思ったのです。何かスイッチが入ったような、こうしてはいられない、と体の奥から湧き上がってくる気持ちでした。

起き上がれない症状が何かわからず、周囲から色々言われることで気持ちも塞ぐようになっていた私が最初に始めたのは、関係が悪くなっていた父にメールを打つことでした。テレビを見た直後、パソコンを開きました。内容は覚えていませんが、自分の考えをその時なりに書いた気がします。生きなくては、と思ったのに、その後また死を考えたこともありました。でも、あの日がこの病気を理解してもらうための長い長い道のりの始まりだったと思います。

3月11日は東日本大震災のことを思うと同時に、あの日生きなくては、と思った自分を思い出す日です。

『きっとよくなる。化学物質過敏症の私がつくった製品wacca(ワッカ )』

たくさんの人が化学物質過敏症の現状を知ってもらうために、応援してくれています。
このバナーをクリックしてくれるだけでこの応援の輪がどんどん広がっていきます。
ご協力ありがとうございます。

wacca代表。シルクスクリーン製版、衣装制作の(株)横山工藝 取締役。学芸員(美大卒)。2009年に化学物質過敏症を発症し、13年に診断。12年~14年が最も状態が悪く、今は寛解(かんかい)に向けて前進中。アトピー性皮膚炎歴30年。 過敏症やアトピーの人が安心して使える衣料、安全な染料でおしゃれを楽しめる衣類を開発。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です