化学物質過敏症が悪化した時に避難できる先をみつける(1)

2013年の夏、何に反応しているのか原因が何週間もわからず、体調が一層ひどくなりました。
リフォームして引っ越したのに、家の中のどこにいても息苦しく、顔(頭部)が熱い。眠りたいのに、眠れない。気がつけば、3日3晩一睡もできず、明けていく窓の外を泣きながら眺めていました。

この時が一番状態が悪かったと思います。

精神状態も悪く、最悪のことを考えていました。
でも、動きたくても思うように動けない。
力なく布団の上で寝ている状態で、余力がないと死ぬこともできないんだ、と変な気づきを得ていました。

かろうじて鍼治療には行っていました。
その日ベッドで治療の順番を待っていると、カーテンを開けて入ってきたK先生がいきなり

「死にたいと思ってるね。」

突然言われて、私は何も言えず先生の顔を見ていました。

「心配せんでいい。わしがついとる。」

そういうK先生に、うんうん、と頷くだけでした。

何か打開策を、と思っているうちに、家族が避難先を探してくれました。
リフォームをしてくれた建築士のYさんが、30年前に自分で建てたという別荘です。

岐阜の山奥にあり、空気も良いのでは、ということでした。

子供を両親に預け、週末に夫と出かけることにしました。

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